広島高等裁判所 昭和28年(う)288号 判決
本件記録並びに取寄にかかる岩国簡易裁判所昭和二七年(い)第七五 七六号被告人田口良夫外一名に対する暴行被告事件の省略式事件記録を調査すると、本件において原判決が公訴を棄却した訴因第一の暴行の事実については、先に昭和二七年五月一九日検察官より岩国簡易裁判所に公訴の提起があり同時に省略式命令の請求がなされ、同裁判所において同月二〇日これが省略式命令を発したけれども右命令は被告人田口良夫に対しては所在不明により不送達となつたため爾来その所在調査中のものであつたが検察官は更に同年一〇月二二日に至り原審である山口地方裁判所岩国支部に対し原判決の認定処断した傷害の公訴事実(訴因第二)と共に前記省略式請求をしたものと全く同一の暴行の公訴事実(訴因第一)を併せて起訴したところ、原判決は右の暴行の点は二重起訴であつて右は刑事訴訟法第三三八条第三号の場合にあたるものとしてその公訴を棄却したものであることが認められる。ところで所論は省略式手続に特に刑事訴訟法第二七一条第二項の適用を排除する明文はなく、同項の「起訴状の謄本」に省略式命令を包含するものと解すべきものであり、先にした昭和二七年五月一九日の省略式請求に対する省略式命令は起訴後二箇月内に被告人に送達されなかつたので同条により遡つてその起訴の効力を失うに至つたため改めて同年一〇月二二日原裁判所に対し前記傷害の公訴事実と共に再びこれを起訴したものであるから何等二重起訴ではないのに原判決が右のようにその公訴を棄却したのは法令の解釈適用を誤り不法に公訴を棄却した違法があると主張する。しかし、元来省略式手続は刑事訴訟としては例外的のもので本来の公判手続即ち通常の手続とは根本的にその性格を異にするものであるから一般の通常手続に関する規定を以て直ちに省略式手続にも当然適用がある如く一概に論ずるのは当を得ないところであつて、所論の刑事訴訟法第二七一条第一項の起訴状謄本の事前送達の制度も本来の通常手続を前提とし被告人の防禦権を全からしめるため予めこれに防禦の準備をするの機会を与えるために設けられたものと解すべきものであるから、省略式事件が省略式手続として終始する限り同項従つて同条第二項もその適用はないものと解すべくただ同法第四六三条により裁判所が省略式命令をすることを不相当と認めたとき又は正式裁判の請求があつたときは事件は通常の手続に移行しこゝに始めて本来の刑事訴訟としての性格に立ち返ることゝなるのであるから、この時から起訴状謄本の送達もその必要となつて来るのであり茲に始めて前記第二七一条もその適用を見ることゝなるに過ぎないものと解するのを相当とすべく、このことは刑事訴訟規則第二九二条の規定の趣旨からも十分これを窺知することができるのである。(従つて又前記第二七一条第二項の二箇月の起算点は裁判所が省略式命令とすることを不相当と認めその旨を検察官に通知したとき又は正式裁判の請求があつたときからということになる)ところで本件は前記省略式手続において裁判所が省略式命令をすることを不相当と認めたものでないことは勿論これに対しいずれからも正式裁判の請求があつたものではなく、単に省略式命令が被告人の所在不明の故を以て不送達に帰しそのまゝとなつているに過ぎないのであるから右の段階においては未だ前記第二七一条の適用を生ずる余地はなく、従つて右起訴(省略式命令請求)の日から二箇月を経過したとしてもこれがため該起訴が遡つて失効するわけではなく、依然として右事件は岩国簡易裁判所に係属しているものといわなければならない。
所論は更に右のように第二七一条が始めから適用がないとすれば同法第二五四条との関係上著しく被告人の利益を害する虞れがあると主張するけれども元来犯人が国外にいる場合又は逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本が送達できなかつた場合には、時効はその国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止するものであることは同法第二五五条により明らかであるから、右の法意からするも、本件のように被告人が所在不明のため有効に省略式命令の送達ができない場合に前記のように解しその結果起訴の効力を持続し時効の進行を阻むことになつても敢て所論のように特に被告人の利益を害することにはならないものというべきである。以上所論はその理由がない。